02お彼岸

お彼岸

春分、秋分の日をはさむ前後七日間を彼岸といいます。
初日は彼岸の入り、中心の日は中日、最後の日を彼岸明けといって、合わせてこの七日間は、各寺院、家庭で彼岸会の法要が行なわれます。
「春分の日」は「自然をたたえ生物をいつくしむため」に、また「秋分の日」は「祖先を尊び、亡くなった人をしのぶため」に、国で祝日に定めているように、彼岸は、あの世(彼岸)の死者の安らかな成仏を願うという意味にあてられています。
仏教では、生死の苦しみに迷う現世を此岸(しがん)と言い、悟った捏磐(ねはん)の境地を彼岸(ひがん)といいます。
この彼岸が、なぜ春分、秋分の日と結びついたかというと、浄土三味経に八王日(立春春分、立夏夏至、立秋秋分、立冬冬至に善行を修すべし)の思想があり、また春分と秋分が、昼夜等分で長短のない中道の時で、仏道もまた中道を尊ぶところから、この時に仏事を行なうという考え方が生まれたと言われています。
彼岸の習俗としては、寺参りや墓参りをして亡き人を供養し、家庭では仏壇を清めて精進料理やぼたもちを供え、親類知人に配るなどが一般的です。
しかし地方によっては特殊な習慣を残しているところもあり、兵庫県の一部では、落日を拝むと吉として、彼岸中日に、午前は「目迎え」といって東に、午後は「目送り」といって西へ向かって山野を歩くならわしがあり、熊本の阿蘇山麓では「彼岸ごもり」といって、春秋に登山する風習があります。
これなどは、自然と一体感を持とうとする仏教が、はっきりとした影響をとどめている例といえるでしょう。
また岩手県の一部では、死人の思うことを巫女の口を借りていわせる「口寄せ」などの例もあります。
彼岸の食べ物
彼岸に、仏前にささげる料理は精進料理です。仏教では殺生禁断の思想があって、生き物を殺したあとの肉は食べてはいけないことになっていることから、野菜、乾物類を中心とする献立を立て、だしも、しいたけなどの精進だしを使います。
これは秋の彼岸、法事、孟蘭盆合のときも同様である。客寄せをしたときもこの原則は変わないが、あまり淡泊にすぎないようこくのある味つけを工夫しましょう。季節の旬の野菜をじょうずにとり合わせ、ごま、ゆば、ひりようずなどの植物性蛋白のものを多く使います。
そのほか、なじみの深いものに、ぼたもちがある。春はぼたもち、秋はおはぎといって、名を区別するのはその季節の花の名前をかけたものと思われますが、もともとは神仏に供えた、ただのもちでした。
これが携帯食として重宝がられ、塩あずきあん、砂糖あずきあんを中にくるんだり、表にまぶしたりして食されてきました。
最初は農家の間食用のそまつなものだったのが、しだいに形も小さく、味つけも上品になって、今日に至っています。
死出の旅をしている亡き人の「持ち飯」の意味もあるのかもしれません。
いなりずしも精神料理の一つで、あぶら揚げをしょうゆと砂糖で煮つけて、これにごはんを詰めます。
生ぐさいものは使わないから、ご飯に具をまぜるにしても、にんじん、いんげん、しいたけなどの野菜類に限る。
彼岸の墓参り
家庭では仏壇を掃除し、新しい水と花を供え、僧侶に来ていただいて読経をします。
伝次郎家では、墓の掃除を彼岸の入りまでに済ませておくのですが、ふだんは忙しくてなかなか墓所に行けない方も、この機会にぜひ参りたいものです。
一般には、墓参りをしたなら、まず墓石を掃除し、手桶の水をかけ、たわしでこすり、墓所内の雑草や古い卒塔婆はその場で燃やすか、管理所に始末を頼みます。新しい卒塔婆を立てたら、線香を束のまま火をつけて供え、故人と緑の深い順番に、さらに手桶の水を墓石にまんべんなくかけます。
死んだ人とは無縁とばかりに墓所を荒れほうだい、または管理所にまかせっばなしというのでは、生きている人間の、せわしない雑な生活感覚をあらわしているようで好ましいものではありません。
集合式の納骨堂におさめてある場合も、お参りができますから、線香、花などをあげて読経し、また管理所へのお礼も忘れないようにします。また墓所、寺、管理所などに名刺受けがあるときはこれを確認し、家に持ち帰ってお礼の手紙を出しておくと良いでしょう。